創作活動をする私の心理状態と作品に対する心構え

というわけで特に順序だてることもなく主観で話します。かしこまったしゃべり方をしていたら書き直します。

私に限らず、創作をするにあたって多かれ少なかれ、何かしらの目的をもって創作活動を続けていると思う。例えば、「あの人のような作品が作りたい」とか、「このジャンルの作品が好きで自分も作ってみたい」とか、いろいろな理由がある。まあそれはいいとして。

そして、作品作りを頑張っている間は周りが見えないほど集中しているから、割と良さげなものを作れたりする。当時の自分からすれば、これ以上ないくらいの出来なんだけど、今現在の自分からすればまあ、はっきり言ってゴミ同然。まあ「これ今の自分がアレンジ(またはリメイク)すれば良くなるんじゃねぇの」というのもあるにはあるが、大抵は「こんなものを人様にお出しできるか!」とちゃぶ台返しをするレベル。自分すら縊り○したくなる。割と高い確率で自己嫌悪に陥る。「なんでこんなものを自信満々に誇っていたのか」と。もうね、アホかと。よーしパパ個展開いちゃうぞー、とか言っちゃうの。もう見てらんない。

まあこんな風に実力差に打ちのめされる機会が割と多い。というか打ちのめされるのはまだ他にある。

創作活動をする人の中には、その分野が好きで、次第にのめり込んでいく人もいるだろう。自分もその口で、音楽や小説(漢字)なんかは特にそうだった。そんな「好き」の気持ちから創作活動に入った人に多いのではないかと個人的に思う打ちのめされ方がある。まあ自分がこの打ちのめされ方でほとんどなんだけど。

創作活動を「好き」から入って始めると、同じを創作活動をしている人が割と目に付きやすくなる。自分がしている創作活動と違うジャンルの創作活動だったとしても、まあ経験上そうなるというか、どちらかといえば本来の意味ではない方の職業病が近いだろう。

まあそこまではいいのだが、そのうち技術が身についてくると「すごい作品」を見たときに、まだそこまでの技術がなかった時代に感じていた「すごい」という正の感情が強くなるのと同時に、それ以上に「自分では凡そたどり着けないところにいる羨ましさ・嫉妬」という負の感情が正の感情を上回る勢いで心の中を埋め尽くしていく。どんどん見えている世界が狭くなっていって、「私じゃ通用しない」という考えが際限なく湧き出ずる石清水。つまりは、「純粋に作品を楽しめなくなってくる」。だって他人の作品を見てると、つい自分の作品と比較してその力量差に打ちのめされて、何を見ても自分と比較してしまう悪い職業病。 しまいにゃそのジャンルを嫌いになる。好きだから始めたのにね。おかしいね。

創作活動を「好き」から始めると逆に「嫌い」になる可能性が高まるのは、見える世界が広がると同時にその他人の才能とか努力とか、今まで見えていなかった「力の差」が顕著になるからだと思っている。まあこれはさっきも言った。打ちのめされるのははっきり言ってどうでもいいが、ここで辞めないために大事なのは、「比較して見えるものの意味」を考えてみることだと思う。私自身は打ちのめされるとき、嫉妬とか羨望とか嫉妬とかいろいろな感情が湧くけれど、それよりも「楽しい」とか「嬉しい」っていう思いが一番大きい。

ひとつ言っておくがSMとかそういった性癖(元々の意味ではない方)は全く関係のない話なので頭の中から取り除いておくように。

打ちのめされているのになんで楽しいんだよって、月並みな言い方で申し訳ないけど、 力量差が分かるってことはつまるところ自分が「力量差が分かるほどその道に詳しくなってきている」っていうことだと思ってる。だから実感が湧いて嬉しいし楽しい、そう思うことにしている。というかそう思わないと精神的に持たない。一般人なんてのはなぁ、作品を見るときには「ここすき」くらいしか考えてないからな(偏見)。技術的にどうなっているのかなんて見てない。きっと。

「ええー? ほんとにござるかぁ?」と思われるかもしれないけど、私自身はそう思ってる。というか自分の感覚にしっくりくる一番近い考え方だと思う。ここで折れずに、比較して得たひとつの力量差に惑わされずに如何にして自分の分かるところ分からないところを発見できるかだと思う。

恐らくここで一番きついのは独学の時。なんでかって、独学は自分のモチベーションに左右されるからだ。自分は、創作活動において「何をすればよいかわからない」ということになるのが一番怖い。

創作活動は割と自由。ただその自由というのが曲者で、「何をすればよいかわからない」というのは、「目印もない海で何もせずただ漂流する」というのが一番近いかと思う。あれがしたいとかこれがしたいとか、即ち目標がなければ何も成しえないし、何も得られないわけで。そいうときにするべきことをどれだけ見つけられるかで変わってくる。

独学では誰も教えてくれないし、誰も目標を示してくれないから自分で見つける必要がある。そういう時に、せっかく自分の作品と他人の作品との差が分かるほど努力することができたのに、その差で自分に自信を失くすと精神的に持たない。ので一度立ち止まって考えなおす必要がある。

まず素敵な作品と出会えたことに喜ぶこと。決して「嫉妬するな」とは言わない。嫉妬心はまず横にでも置いておいて、先にすごい作品に会えたことを喜ぶ。ここで終われるならそれが一番いいけど、つい自分と比較してしまった場合はその技術の違いを伸び代だと思い込むこと。これが一番早いと思います。才能の差ではなくまだ自分には勉強する余地が残っていると思い込むのが、嫉妬心に飲まれることもモチベーションを落とすこともない一番手っ取り早い方法だと思う。

もちろん上に書いてあることは私が短い人生で培ってきた精神的な処世術のようなものなので、参考にしてもしなくてもいい。実際、最近は打ちのめされるのが割と楽しい。なんでかと聞かれると自分もあまり考えたことはないが、嫉妬心を制御した分だけ素敵な作品に会えた喜びが大きく感じられるから、だと思った。あと、自分だったらどうしようかなみたいなことを考える余裕ができる。たった今考えたけど結構しっくりくる。

そんなわけで創作活動してると割と打ちのめされることが多いからほかの人もそんな風でやめちゃったりすることがあるのかな、と思った次第。

小説サイトとかよく見るんだけど、「ホホーウ!」とか「ああぁあああ好き好き好きああぁぁぁぁあぁぁあぁぁ」とか思っていた小説を消されたり非公開にされちゃうことがあるんよね。そういうのってやっぱり私が作者に対して全くフィードバックしないからなのかな!? うん、私もそう思う! でも私がそんな批評とかしていいの!? 烏滸がましくない!? 見れなくなるのは割とというかかなり寂しいけど……寂しいけど! 鬱陶しがられたりしない!?

とまあ根が臆病なブログ主は尊敬する作者に何もお礼することなく非公開のページを眺めることになるのだ。本が出たら買ってお礼ができるのに! チクショー!

作者は須らく折れずに作品を作り続けてほしいと切に願うワタシは、虚夜即の子。よろしくね!

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